「当事者の体験」コミュニケーション・心の理論多感覚統合

ASD当事者が語る|コミュニケーションの苦手さは対策トレーニングより対処法

「当事者の体験」
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はじめに

私はASD当事者です。

コミュニケーションの苦手さはありますが、正直なところ、日常を満足して過ごせる程度にはコントロールできていると思っています。

ここでいうコントロールは、会話そのものを上手に回すことではなく、他者との「接触の仕方」をデザインすることだと感じます。

この記事では、私が実践してきた環境設計の工夫と、距離感の取り方について書きます。

第1章 コミュニケーションは「接触の仕方」のデザイン

私は、会話の技術を磨くよりも、接触の仕方を工夫する方が効果的だと感じています。

たとえば、関わる人数をしぼる。

会う時間帯を選ぶ。

声ではなくテキストでやり取りするなど、前提条件を工夫することで、困りごとが増幅しないようにしています。

その結果、昔よりも「浮く」ことはあっても、排除につながる場面は減ってきたと感じます。

距離感のちょうどよさを、自分なりに掴めてきたのだと思っています。

第2章 情報とテンポの壁―「指が足りない」感覚

一方で、コミュニケーションのやり取りそのものは、どうやっても覆しきれない壁があると感じています。

それは「情報がわずかに足りない」ことと「テンポが足りない」ことが重なるからです。

情報は耳や目から来るだけではありません。

その場の空気、視線の動き、冗談の含み、役割の暗黙知など、同時に処理すべき素材が多層にあります。

私はここで、同時処理のキャパシティと、注意が細部に引き寄せられる傾向が、ぶつかり合っていると感じています。

比喩で言うと、大きな箱を手で運ぶとき、多くの人は自然に全ての指を使ってつかむと思います。

私の場合は、いくつかの指がうまく動員できていない状態に近いです。

同じ箱を何度も運ぶと、たまに掴み損ねたり、全体のテンポが遅れたりします。

コミュニケーションでも同じことが起きます。

聞く、見る、場のルールを読む、相手の意図を推測する、自分の言葉を選ぶ。

これらを同時にやろうとすると、どこかの指が抜けて、遅れてしまうのだと思っています。

音、文字、表情、匂い、ざわめき。

複数の感覚が一つの出来事にまとまるまでに、私の中では多くの人よりワンテンポ必要になることが多いです。

そして、そのワンテンポの間に、場の会話が次に進んでしまうことが起きます。

その遅れを取り戻そうとして、私はさらに遅れて話がズレてしまいます。

今の意味はなんだったか、相手の反応が固まって理解が止まる、さらに理由を考えて遅れる。

確認が増えるほど、処理はますます難しくなると感じます。

また、ユーモアが通じない、失礼に見える、と言われる場面についても考え直しました。

心の理論の欠如、という説明が当てはまるケースもあると思います。

ただ私の実感では、「同時に使えていない指がある」ことで、情報とテンポの両方が少しずつ遅れているだけ、ということも多いです。

つまり、相手の気持ちが全く分からないわけではなく、間に合わない。

間に合わせようとすると、情報がさらに増えて結果的に遅れる。

この小さな遅延の積み重ねが、「通じない」体験を作っているのだと感じます。

第3章 「やり取りの完成度」より「環境設計」を先に

それでも、私の生活は破綻していないし、満足度も上がっています。

理由はシンプルで、「やり取りの完成度」を上げるより、「考えるやり取りが必要以上に増えない環境」を先に整えたからです。

ここまで書くと、対策は二択に見えます。

一つは、指を鍛えて同時処理の本数を増やすこと。

もう一つは、箱の持ち方と運び方を変えることです。

私は後者を選ぶ方が良いと考えています。

入り口で条件を揃えて、持ちやすい箱にしてもらう。

両手で持てる動線を確保する。

必要なら往復回数を増やしても、落とさないことを優先する。

その方が、生活の満足度が上がると思っています。

第4章 雑談の小技―ストックと同調

私が実践している環境設計の具体例を紹介します。

たとえば、会議では最初に目的とゴールを短く共有してもらう。

最初に「例の話ですか?」と短く確認してから会話を始める。

雑談を求められる場では、相手の言葉に軽く乗ることを意識しています。

たとえば「雨で嫌だね」と言われたら、「そうですね。洗濯物が乾きにくいですよね」と答えます。

それだけでも会話が続くことが多いです。

そして、ちょっとした会話の定番を、日ごろからメモしておくようにしています。

自分が「こういうときはこう感じるな」と思ったことを、そのまま短く書いておく感じです。

たとえば「雨→洗濯物」「寒い→手がかじかむ」「暑い→アイス食べたい」など。

こういう”話のストック”があると、雑談のときに迷わず出せるし、焦りも減ると思っています。

さらに、場の雰囲気が軽いときは、同調だけで返すこともあります。

「雨で嫌だね」に対して、「ほんと嫌ですね」と短く返す。

それだけでも、反応としては十分に伝わると感じます。

そして、挨拶だけはしっかりして、普段のコミュニケーションの苦手さは敵意ではないことを表明する。

こうした前取りの小技が効くと感じています。

第5章 距離感の取り方―無理のない持ち方を選ぶ

最後に、距離感について。

私は今も会話が上手いわけではありません。

けれど、距離の取り方は上達しました。

「全部の指を使えない前提」で、無理のない持ち方を選ぶ。

それが、私のコミュニケーションの現実的な最適解だと感じます。

そして、それでも人と関わることはできるし、関わりすぎないことで壊れない自分も守れると思っています。

おわりに

コミュニケーションの苦手さは、トレーニングで完全に克服するものではないと感じています。

それよりも、やり取りが必要以上に増えない環境を先に整えることで、日常の満足度は上がると思っています。

この文章が、同じような体感を持つ人の「持ち方」のヒントになればうれしいです。