この記事でわかること
- ASDとADHDが併存している場合の実行機能の困難の整理の仕方
- 薬物療法で改善を感じた部分と、あまり変化を感じなかった部分の違い
- ADHD的な不注意とASD的な情報処理を、当事者の体験から区別して考える視点
- 全部がうまくいかないと感じる状況を、段階ごとに分けて捉える考え方
この記事の結論としては、
併存の場合、実行機能の困難は「気づき→判断→行動」の部分(ADHD的)と「複数の流れをつなぐ」部分(ASD的)で改善のしやすさが異なる、という整理になります。
はじめに|ASDとADHD併存当事者からの視点
この記事では、ASDとADHDの併存という前提で、実行機能の困難を整理します。
どの部分が改善しやすく、どの部分が構造的な課題として残りやすいのかを、当事者の体験から考えていきます。
私はASDとADHDの併存という診断を受けています。
併存の場合、実行機能の困難がどちらの特性から来ているのかを、きれいに分けて考えるのは簡単ではありません。
一方で、薬物療法を含むいくつかの工夫を試す中で、次のような違いを感じました。
- 改善をはっきり感じる部分
- あまり変化を実感しない部分
この記事では、この違いを手がかりに、実行機能のどの要素に負荷がかかっているのかを、自分の体験から整理してみます。
※当事者視点の整理です。診断や治療を代替できません。必要に応じて医師や専門家にご相談ください。
薬物療法での気づき
ここで書く内容は、あくまで私個人の体験です。薬物療法を勧める意図はなく、薬だけが解決策とも限りません。効果や副作用には個人差があります。服薬や治療の開始や変更については、必ず主治医や専門家にご相談ください。
私は医師の指示のもと、薬物療法を受けていた時期があります。
その前提で、私が薬を飲んでいた時期にはっきりと変化を感じたのが、部屋の散らかりへの気づき方と、その後の行動までの流れでした。
改善を感じた部分|ADHD的な不注意
薬を飲んでいた時期、私は次のような変化を明確に感じました。
散らかりに気づきやすくなる
以前は、部屋に物が散らかっていても、そもそも気づかなかったり、目に入ってもあまり気にならなかったりしました。
服薬中は、散らかりが視界に入りやすくなり、「あ、散らかっているな」と意識に上がりやすくなりました。
「片付けたほうがよい」という判断まで自然に進む
散らかりに気づくだけでなく、「これは片付けたほうがよい」という判断まで、自然な流れで思考が進むようになりました。
実際に片付けるという行動に移りやすくなる
「片付けたほうがよい」と思った段階で止まらず、そのまま行動につながる場面が増えました。
実際に体が動きやすくなった感覚があります。
私なりに整理すると、次のようなプロセスが改善していたように感じます。
- 問題に気づく(注意)
- 必要性を判断する(抑制制御)
- 行動に結びつける(実行)
これらは、実行機能の中でもADHDの不注意と関連すると説明されることが多い領域だと理解しています。
改善を感じにくかった部分|ASD的な情報処理
一方で、同じ不注意に見える場面でも、複数の手順が関わる場面では、あまり変化を感じませんでした。
複数のステップでの「抜け」
たとえば、作業をA→B→Cと順番に進めているとします。
この途中で別の要素Xが挟まると、Bがすっぽり抜けて、いきなりCに飛んでしまうことがあります。
服薬中でも、この「手順の抜け」は、大きく減ったとは言いがたく、「やっぱり抜けるな」という感覚が残りました。
私の感覚では、これは「散らかりに気づく」「片付けると判断する」といった一連の流れの、さらにその先にある問題です。
複数の一連の流れ同士を、並べてつなぐところでつまずいているような感覚があります。
具体例:料理での手順の抜け
料理をしている場面で考えてみます。
「野菜を切る」という一連の流れ自体は、あまり問題なくこなせます。
「フライパンで炒める」という一連の流れも、単体なら特に困りません。
しかし、この二つの流れをつなぐ
- 野菜を切り終わったらフライパンに移す
という部分で、何か別のこと(調味料を取る、タイマーを見るなど)が入ると、その後のステップが抜けてしまうことがあります。
服薬中でも、このような「つなぎの部分の抜け」は、あまり改善した感じがありませんでした(あくまで私の場合です)。
なぜこの違いが生まれるのか|当事者の仮説
ここからは、私個人の仮説としての整理です。
ADHD的な不注意
問題を見つけて行動に移るまでの部分。
注意の維持や抑制制御の影響が大きく、薬物療法で改善を感じやすい領域だと考えています。
ASD的な情報処理の特徴
一連の流れ同士をつなぐ部分のぎこちなさ。
情報の統合や切り替えのスタイルと関係している可能性があると私は考えています。
構造的な苦手さとして残りやすく、薬物療法だけでは変わりにくい領域だと感じています。
この違いは、実行機能の「どの要素」に負荷がかかっているかによって生じているのではないか、というのが現時点での私の整理です。
ただし、これは私一人の体験に基づく仮説であり、ASDやADHD全体を説明する一般理論ではありません。
ASD当事者の整理|ADHD的とASD的の違い
ここでは、もう一段階だけ、自分なりの整理をまとめておきます。
ADHD的な不注意
ADHDの症状は、「一連の流れ」が完成する前に、注意が消失してしまっているように感じます。
たとえば、次のような流れです。
- 問題に気づく(部屋の散らかりに気づく)
- 判断する(今サッと片付ければすぐ終わると判断する)
- 行動する(その判断を維持したまま実際に片付ける)
この一連の流れで、注意の維持が意識上で持続しきれず、途中で流れそのものが消えてしまうような感覚があります。
こうした部分は、薬物療法などで変化を感じやすかった領域です。
ASD的な情報処理
一方で、「複数をつなぐ」ことは、ASD的な情報処理のスタイルと関係していると感じています。
私の場合、ここは構造的な苦手さとして残りやすい部分です。
複数の情報を、全体像として同時に比較して保持することが苦手で、それが結果的に
- 同時処理の難しさ
- 複数の流れをつなぐ時のぎこちなさ
につながっているように感じます。
ASDやADHDの診断や治療の方針を示すものではありませんが、自分の困難を理解するときの一つの手がかりとしての参考になればと思います。
実行機能の理解への応用
こうした体験から、私は次の二つの軸で、自分の困難を整理するようになりました。
どこで困難を感じているか
- 気づきの段階で止まっているのか
- 判断の段階で止まっているのか
- 複数の流れをつなぐ段階で抜けているのか
どの工夫が有効か
- ADHD的な困難には、外部からのリマインダーや、視覚的に「やること」を見えるようにしておく工夫が有効な場面が多い
- ASD的な困難には、手順を紙やアプリに分解しておくことや、切り替え回数を減らすように作業を組み立てる工夫が有効な場面が多い
このように分けて考えることで、「全部がうまくいかない」という一つの大きな問題ではなく、
- ここは工夫で改善しやすい
- ここは構造的な苦手さが強いので、前提を変えた方がよい
といった整理がしやすくなりました。
医学的なアドバイスではありませんが、困っている方の何かの参考になれば幸いです。
併存の場合、実行機能の困難がどちらの特性から来ているのかを、はっきり分けて考えるのは難しいことが多いと感じます。
それでも、自分の体験を次のように分解して整理していくと、少しずつ見えてくるものがありました。
まとめ
- 問題に気づく→判断する→行動するまでの流れで止まっている部分は、ADHD的な不注意と結びつきやすく、薬物療法などで変化を感じやすかった
- 私の体験では、複数の流れ同士をつなぐ部分の抜けは、ASD的な情報処理の特徴と関係している可能性があり、苦手さとして残りやすかったと感じています。
この記事の整理は、当事者の経験に基づく個人的な仮説にすぎませんが、自分の暮らしの中で、どこに工夫を集中するか、どこは無理を減らす方向で考えるかを選ぶ手がかりにはなると嬉しいです。
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