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自閉スペクトラム症と「予測符号化」|ASD当事者が処理の「予測のズレ」を整理

予測のズレ(意外な事態)が起きたときの驚きを示すイラスト 「ASD理解」
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この記事でわかること

  • 予測符号化モデルとはどういう理論なのか
  • ASD(自閉スペクトラム症)と予測のズレの関係
  • WCC(弱い中枢性統合)・EPF(知覚機能増強)との違いとつながり
  • 予測の使われ方には個人差があること
  • ASD当事者として感じる「予測のズレ」

はじめに

もしかしたら、「ASDの人は、予測が苦手」という話を聞いたことがあるかもしれません。

一方で、「予定が変わるとパニックになる」「同じルーティンにこだわる」という特徴もよく知られています。

これらは矛盾しているように見えますが、実は「予測符号化モデル」という理論で、つながりを持って説明できることがわかってきました。

この記事では、予測符号化モデルとは何か、ASDとどう関係するのかを、できるだけわかりやすく整理していきます。

また、WCC(弱い中枢性統合)やEPF(知覚機能増強)など、他の理論との関係についても触れていきます。

※当事者視点の整理です。必要に応じて医師や専門家にご相談ください。


予測符号化モデルとは?

「予測符号化(よそくふごうか)」とは、脳が過去の経験をもとに「次に何が起こるか」を予測し、その予測と実際の感覚とのズレ(予測エラー)を使って学習していくという理論です。

たとえば、毎朝同じ時間にバスが来ると知っていれば、その時間になると「バスが来るだろう」と予測します。

実際にバスが来れば予測は正しかったことになり、来なければ「今日は遅れているのかもしれない」と予測を修正します。

この「予測 → 感覚入力 → ズレの検出 → 予測の修正」というサイクルを、脳は常に繰り返していると考えられています。

予測符号化モデルでは、脳は「予測エラーを最小化する」ように働いています。

つまり、できるだけ驚きの少ない状態を維持しようとするわけです。

この理論は、知覚、学習、意思決定など、さまざまな認知機能を統一的に説明できる枠組みとして、近年注目されています。


ASDと予測符号化の関係

ASDでは、この予測符号化のプロセスに何らかの特異性があると考えられています。

具体的には、予測の立て方や、予測エラーの処理の仕方が異なる可能性が指摘されています。

2つの主要な仮説

ASDの予測符号化に関しては、主に2つの仮説があります。

1. 予測過程障害仮説

過去の経験をもとに「次に何が起こるか」を予測する能力が弱い、という考え方です。

そのため、毎回の感覚入力が「新しい情報」として処理されやすく、感覚の負荷が高くなりやすいとされます。

2. ハイポ・プライアー仮説

「プライアー」とは、事前に持っている予測(期待値)のことです。

ASDでは、このプライアーの影響が弱いため、現在の感覚情報をより重視する傾向があるとされます。

結果として、細部への注目が強くなり、全体像を把握しにくくなることがあります。

予測の使われ方には個人差がある

2024年7月に発表された国立精神・神経医療研究センターなどの研究では、自閉症モデルのマーモセットを使った実験で、興味深い結果が報告されています。

研究によると、ASDモデルの個体間で予測の使われ方に大きな違いがありました。

ある個体では、予測が「過小」に使われていました。

全体のパターンから計算される予測をうまく使えず、常に驚きをもって刺激に反応していたということです。

これは感覚過敏と関連している可能性があります。

一方、別の個体では、予測が「過剰」に使われていました。

パターンに引きずられすぎて、予想通りのことが起きたときに逆に驚いてしまう、という状態です。

これは「思い込みの強さ」と関連しているかもしれません。

つまり、ASDの予測の特異性は「予測が苦手」という単純な話ではなく、予測の使い方のバランスが崩れていると捉えたほうが正確なようです。

日常生活への影響

予測符号化の特異性は、ASDのさまざまな特徴と関連していると考えられています。

感覚過敏・感覚鈍麻

予測がうまく働かないと、入ってくる感覚情報がそのまま処理されやすくなります。

その結果、刺激に圧倒されやすくなったり(過敏)、逆に予測に頼りすぎて実際の感覚を拾いにくくなったり(鈍麻)することがあります。

同じパターンへのこだわり

予測エラーを最小化するには、「予測しやすい環境」にいるのが一番効率的です。

同じルーティン、同じ手順を繰り返すことで、驚きを減らそうとしているのかもしれません。

社会的コミュニケーションの困難

人間の表情や声のトーンは刻々と変化するので、予測が難しい対象です。

予測符号化がスムーズでないと、相手の意図や感情を読み取るのが難しくなります。


WCC・EPFとの違いとつながり

ASDの認知特性を説明する理論には、予測符号化モデル以外にもいくつかあります。

ここでは、WCC(弱い中枢性統合)とEPF(知覚機能増強)との関係を整理します。

WCC(弱い中枢性統合)との関係

WCCは、「全体よりも細部に注目しやすい」というASDの特性を説明する理論です。

予測符号化モデルの観点からは、この特性は次のように解釈できます。

予測(プライアー)の影響が弱いと、「全体像を予測して細部を補完する」という処理がうまく働きません。

その結果、個々の感覚情報をそのまま処理することになり、部分への注目が強くなると考えられます。

つまり、WCCで言われている「部分への注目」は、予測符号化の観点からは「トップダウン処理(予測による補完)の弱さ」として説明できます。

EPF(知覚機能増強)との関係

EPFは、ASDでは低次の知覚処理が強化されている、という理論です。

これも予測符号化の観点から理解できます。

予測の影響が弱いと、脳は「実際に入ってくる感覚情報」に頼る割合が増えます。

その結果、感覚処理が相対的に強化され、細かい違いに気づきやすくなると考えられます。

予測符号化モデルは、WCCやEPFを否定するものではなく、これらの特性がなぜ生じるのかを、脳の計算原理から説明する枠組みと捉えることができます。


当事者として感じる「予測のズレ」

私自身、日常生活の中で「予測のズレ」を感じる場面が多くあります。

たとえば、初めて行く場所では、何がどこにあるか、どういう流れで進むのかがわからず、ものすごく疲れます。

これは「予測が立てられない状態」が続くことで、常に脳が驚きを処理し続けているからではないかと思っています。

一方で、慣れた環境や手順では、ほとんど意識せずに動けます。

予測が当たり続けているので、脳の負荷が低いのだと思います。

ただし、慣れた手順が急に変わると、強い不快感や混乱を感じます。

これは「予測が裏切られた」ときの反応なのかもしれません。

私の場合、「予測が過小に使われるタイプ」と「予測に引きずられるタイプ」の両方があるように感じています。

新しい状況では前者、慣れた状況では後者が出やすい印象です。

このモデルを知ったことで、「なぜ自分はこうなるのか」を少し客観的に理解できるようになりました。


まとめ

  • 予測符号化モデルとは、脳が「予測 → 感覚入力 → ズレの修正」を繰り返すという理論
  • ASDでは、予測の立て方や予測エラーの処理に特異性があると考えられている
  • 予測が「過小」に使われる場合と「過剰」に使われる場合があり、個人差が大きい
  • 感覚過敏、こだわり、社会的コミュニケーションの困難は、予測符号化の特異性で説明できる可能性がある
  • WCCやEPFとは矛盾せず、これらの特性がなぜ生じるかを説明する枠組みとして位置づけられる

自分の感じている負荷や疲れやすさがどこから来ているのか、整理するきっかけになれば幸いです。



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