「当事者の体験」コミュニケーション・心の理論

ASD当事者が語る|なれなれしさと冷静さの間にある「距離感の逆転」

「当事者の体験」
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はじめに:距離感の「逆転」という違和感

初対面の人には「なれなれしい」と言われます。

でも、親しい相手からは「よそよそしい」と言われることがあります。

自分では何も変えていないのに、距離感の評価が真逆になる。

この謎は、ASD(自閉スペクトラム症)の私にとっての疑問でした。

ようやく気づいたのは、この現象が「距離感の問題」ではなく、距離感が飛ぶようになっているということでした。

多くの人のように滑らかな変化ではなく、段階を飛ばして一気に切り替わってしまいます。


第1章 多くの人の距離感は「連続」で進むらしい

多くの人は、他者との関係を連続的に深めていくようです。

たとえば「会話が増える → 安心感が生まれる → 信頼が強まる → 親密になる」といった流れだと聞きます。

私にはその「自然に深まる」感覚がよく分からないのですが、おそらく表情・声のトーン・会話の間など、言葉以外の情報を無意識に積み重ねているのでしょう。

いわば、「情動の文脈」が滑らかに統合されている状態なのだと感じています。

だからこそ、距離の変化に違和感が少なく、自然に「仲良くなる」体験ができるのでしょう。

——ところが私の場合、この連続曲線の一部が抜け落ちているように感じました。


第2章 ASDの距離感は「段階を飛ばして変化する」

私の場合、初対面の段階ではルールのある会話や話題の共有が中心なので、相手との距離を詰めやすいと感じます。

ここではまだ「気持ちを察し合う」段階に入っていないから、むしろ気楽に話せるのです。

相手も社交的なやり取りを求めているだけなので、お互いに負担が少ない。

「話せる=距離感が合っている」と錯覚しやすい段階でもあります。

しかし、関係が深まり、信頼や情動の共有が求められる段階になると、一気に情報量が増えてしまいます。

「この沈黙は何を意味するのか」「この表情の変化にどう反応すべきか」——心の中で「増えた前提をうまく扱えない」状態になります。

たとえば「相手の沈黙=怒っているのか考えているのか」と複数の仮説を同時に処理しきれず、負荷が跳ね上がる感覚です。

信頼関係が深まる段階では、沈黙の意味・表情の揺れなど、解釈すべき前提が一気に増えます。

処理しきれないと感じた時、私は無意識に距離を飛ばすように再調整してしまいます。

本人としては「この距離の方が安定する」という自然な反応でも、周囲には「急に冷たくなった」「距離を取った」と映ってしまう。

この段差こそが、「距離感の逆転」の正体でした。

言葉では説明しにくいですが、感覚的には滑らかな坂道ではなく、階段を上り下りするような感じに近いと思います。


第3章 同じ行動が「なれなれしい/よそよそしい」に見える理由

外からの印象と内側で起きていること

同じ行動でも、外から見る印象はまったく違います。

  • 初対面でなれなれしい→まだ情動の深さを求められておらず、形式的な対応で済む段階
  • 仲が深まるとよそよそしくなる→情動的な負荷が上がり、無意識に距離を再調整している
  • 感情表現が一定しない→「会話モード」と「信頼モード」の切り替えが起きている

この切り替えは、制御不能な衝動ではありません。

むしろ自分の安定を守るための自然な反応です。

「距離の取り方」が違うだけで、相手を大事にしていないわけではない。

ただ、脳が処理しやすい距離に無意識に調整しているだけなのです。


第4章 「距離感の逆転」を自覚して関係を守る

性格を変えることではなく、距離の変化を滑らかに「見せる」ための手順

距離感の逆転は完全に消すことはできませんでした。

ただし、自覚してからは滑らかに見せることができるようになりました。

私が実践してきた工夫

感情的な話題では、あえてテンポを落とす

相手が深い話をしてきたとき、すぐに返答せず「少し考えさせて」と時間を取るようにしました。

信頼関係の話題になったら、一呼吸置く

「大事にしてるよ」と言われたときなど、反射的に返さず、自分の中でその言葉を咀嚼するようになりました。

「今は安心しているのか/構えているのか」を自分に確認する

関係が深まった段階で、自分の心の状態をチェックする習慣をつけました。

初対面で親しくなりすぎたときは、少し時間を置いてバランスを取る

「話しすぎたかも」と思ったら、次回は少し落ち着いたトーンで接するようにしています。


これらはどれも「距離の微調整」を意識的に行う方法です。

私の場合、「あ、また距離が飛びそうだ」と気づけるようになってから、関係トラブルが減りました。


第5章 逆転の構造を理解すれば、自己否定が減る

距離の構造

「距離感が飛ぶ」という構造を知ってから、「なぜ自分はこうなのか」という自己否定的な問いが、「どう扱うか」に変わりました。

  • なれなれしさは、最初の段階の自然な反応
  • よそよそしさは、関係を維持するための安定化反応

つまり、どちらも「欠けている」のではなく、脳が自分を守るために異なる距離モードを使っているだけでした。

距離が変わることは、関係の破綻ではありません。

むしろ、自分にとって持続可能な距離を見つけようとしている証拠なのです。


おわりに:距離感の「逆転」を受け入れる

ASDの人にとって、距離感はなめらかな線ではなく、段差のある階段のように進みます。

他人からは不自然に見えても、本人の中では理にかなったリズムです。

その段差を理解し、自分なりのペースで登っていけば、関係は壊れるどころか、むしろ安定します。

距離感とは、感情の流れではなく、安全な距離を見つける試行でもある。

——それを知ってから、人付き合いの風景が少し穏やかになりました。


医療判断は医師や専門家にご相談ください。また、広告(PR)を含みます。


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